アジサシの挑戦記

挑戦を諦めない崖っぷち学生のブログ。

33話 雑談

少し雑談に付き合って欲しい。

被集計ロジットモデルおよびプロビットモデル、フレーター法を用いた計算・・・。

文系、それも法学部の私にとっては未知の領域である。少なくともこれらの領域は将来のまちづくりにおいて、交通需要予測等を行う時に使うものである。

これらに現れる式は、これまでの私にとっては思わず目を背けたくなるようなものばかり。連続するΣ(ΣΣ)や∫の計算、無数の式の数々が私の周囲に広がっている。

かつて、高校時代の私は、数学なんざ以下のように考えていた。

「得意分野を徹底的に伸ばすために、微積分を極める!!」

そのかわり、「Σが出たら終わり!ごり押しで解くしかない!」「i(複素数)が出たら終わり!飛ばすしかない!」と割り切っていた。センター試験の模試も、微積分だけ満点を取り、複素数が0点、数列は答えのマークのみ合っているという悲惨さであった。

 

階乗に関しては、私は暗記することによって乗り越えた。

例えば、11!は、39916800、10!は、3628800である。

この解を暗記して、10!に出てくる0の数はいくつか?などという問題に対応していた。このように、本来Σなどで計算するはずの問題を、すべて算数に組み直して計算していたのだ、よって、国公立大学の過去問を計算する際には、解答用紙には全て小学生でも解けるような四則演算まで分解して解答してきた。

しかし問題があった。

応用に使えないじゃないか。そして、時間ロスが非常に多く、解きおわらないじゃないか!!

 

こうやって、中学から数学を回避してきた結果、大学の4年生になって数学の問題に出くわした際に、とてつもなく苦しむ事になったのだ。

 

これを読んだ読者のみなさまは一つ疑問に感じることがあっただろう。

「なぜ文系の人間が理系の問題、しかも読んだだけでアジサシが苦手だと誰もがわかる数学を解こうとするのさ?」

答えは、理転したいからだ。まちづくりに関する研究が非常に面白く感じ、都市交通、とりわけ私鉄での経営に欠かせない知識を極めたい、そして楽しいと感じたからだ。

まるで陰陽師に呪いをかけられたかのような操られっぷり!文系が理系に勝負を挑むという話は少なくないとはいえ、なかなか珍しいだろう。

 

19世紀後半、日本に初めて鉄道が走った世紀。

新橋~横浜間で鉄道が開業した。1972年のことである。これは高校の日本史をしっかりと勉強された方はご存じだろう。

 

しかし、レールが敷設されて機関車が走った、という意味での鉄道が走った場所は、意外なことに、新橋よりも先に、長崎県が走らせていたのだ。そして日本初の国産機関車は、佐賀県鍋島藩で作られたのである。(ただし模型)

 

しかし政府の資金難という問題もあり、民間によって鉄道がどんどん敷設されて行き、日本中を線路が埋め尽くした。ここで政府が一切関与しておらず、日本初かつ現存する最古の私鉄が誕生した。それが今の南海電鉄である。

 

さらに、現在の日本の都市を形成する上で最も欠かせない事が起きる。それは、銀行員からやってきた「小林一三」がビジネスモデルとして築き上げた鉄道の多角的経営である。

 

当時「みみず電車」などと揶揄され、ポスターにも「ガラアキ」と自虐ネタを張っていた阪急電鉄はこの方のモデルによって状況が様変わり。客の需要が大きな都市を結ぶモデルから、自ら客を作り出すというモデル、これを後に「20世紀型都市開発モデル」と言われているが、作り上げることに成功したのである。この小林モデルを模倣したと言われているのが、五島慶太という人物だった。今の東急は彼によって築き上げられたと言われている。もともとは戦前の鉄道会社統合により、多くの会社を買収、合併を行い、「大東急」と呼ばれていた時代があったそうだが、この話はまた別の機会にしよう。この小林モデルによって、都市開発は瞬く間に広がり、田園しかない場所が高級住宅街などの都市に様変わりした。これらの街は、衰退を続けている地域こそあれど、ほとんどは今も進化をし続けながら機能し続けているのである。

 

結果、2019年時点で、小林及び五島が関連していた阪急(現在の阪急阪神ホールディングス)と東急の時価総額は私鉄1・2位を争い、「王国」といわれるまでの巨大会社になっている。同じく小林モデルを模倣したと言われる近鉄も企業の時価総額は非常に高く、売上は東急を超えて1位、路線長も全国1位となっており、株価もほとんどの大手私鉄の追随を許さないほど高い。(2020年5月)

 

このように、現在の日本の都市は道が乗客を乗せるだけではなく自ら作り上げられるように住宅、商業施設、ホテルから観光、冠婚葬祭、国際物流まで、人々の生活に関連するほぼ全ての業界に進出して発展きたという背景を持った。

 

ここから読み取れることは、小林モデルが20世紀を代表するまちづくりであったということ、都市開発モデル、とりわけ人の移動を他社などに依存せず自前で保有し、自ら人の流れを作る私鉄のビジネスモデルが大成功をおさめており、同時にこのモデルが人口減少という条件の中で見直され始めていること、多世代の人に対して交通機関やスーパー、不動産などでの「目に見える形」での幸せと、「当たり前」を日々便利にアップグレードし、人々がマズローの第5段階の欲求を満たすことができるような「目に見えない形」での幸せを生み出すことができる、ということだ。

 

私はこの私鉄による経営というものについて、なにかにとりつかれたかのように非常に関心を持ちたいと感じた。と同時に、アジサシ自らの鉄道ビジネスモデル、すなわち21世紀型都市開発モデルを後の世紀に遺したいと考えた。小林とは異なる、もうひとつのビジネスモデルとして。鉄道、と書いたが、鉄道「だけの」都市開発ビジネスモデルではない。必要に応じてあらゆる交通機関、例えば航空機や船も交えたモデルの形成に取り組みたいのだ。そしてワーグナーが提唱していたかつてのイギリスの「田園都市構想」のように、100年、200年先も残る大きなものを成し遂げたいのである。

 

しかし!それにはまだまだ足りない!圧倒的な何かが足りない!

今私が身につけている法学の知識だけでは絶対に足りない!協調性?徹底した思考力?いいやそれでは足りない!感情や経験だけでは足りない!

そうだ!まちづくりについて学ぶ学問があるではないか!それを首席をとる気概で必死に学びつくしていこう!そしてまた新卒として鉄道に挑戦しよう!

俺は一度自分の人生を諦めた。裁判官になるという目標が微塵に破壊された。

だからこそ、絶対に諦めない。今度こそ諦めない。諦めない!

だが、無理はしない。

 

こうして私が目指した大学院の科目が、「都市工学」である。

その中の「都市交通計画」を目指しているのである。

そして私はその分野がある工学研究科に「理転」するべく、勉強を続けている。

 

「あとがき」

・えーと、私の記憶には、あの小林モデルの真の元ネタというものが、香川県の「ことでん」こと「高松琴平電鉄」にあるという知識が片隅にあるのですが・・・根拠となる文献を忘れてしまいましてね・・・。いやぁー失態失態。

・もしかしたら一浪するかも。留年(実は私の大学には留年という概念はなく、学年が上がるだけである!!)すると奨学金の面でなにかと面倒だし・・・・

(続く)